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あぁ鳥よ!私もチョコレートがすき!

YUKIはPRISMICで「愛に生きて」を唄った。
演奏を担当したのはスピッツのメンバーだ。
それに続く曲は「プリズム」。
そこでYUKIは『愛の強さゆえ 優しき獣ゆえ』という言葉を発している。

スピッツには「運命の人」という曲がある。
そこには『ここにいるのは 優しいだけじゃなく 偉大な獣』という言葉がある。

愛はたまに同じ姿をして、しかも人にも見えるらしい。
何を言いたいんだか解らないけども、それは、取り敢えず、「YUKI、スピッツすきなんだなぁ」とかじゃ、ない。

カールじいさんの空飛ぶ家/ピクサー・アニメーション・スタジオ作品
カールじいさんの空飛ぶ家
我が家にもついにブルーレイプレイヤーがやってきた。
ただでさえ金銭トラブルが多い家庭内なのに、母親は最近妙にテレビ関連の機器を買いまくっている。
私にはいつも無駄遣いを叱るのに、多少キツくとも見栄は張りたい・意外にミーハー根性逞しい、父母の背中、そして自らを省みると、つくづく血は争えないんだなぁと思う。

まぁ、そんなこんなで、とにかくウチにやってきた。
私は密かに、以前から、ブルーレイデビューはこの映画で、と思っていたのだ。

私は結構、フルCGアニメーションがすきだ。
ピクサー作品では他に、トイストーリー/モンスターズインク/ニモ/インクレディブル/レミー(作品名、色々略)を観ている。
ピクサー以外だと、シュレック/アイスエイジ/ハッピーフィート/ルイス(作品名、色々略)あたりか。
シュレックシリーズは使用される音楽がすきで、すんなり楽しめるから良い。最新作もできれば劇場で観たいなぁ。
そして世界で初めてフル3DCGの長編アニメーション(『トイ・ストーリー』)を作ったピクサー作品の魅力は、何といっても、色彩の、もう、これでもかというほどの鮮やかさだ。
この作品でもやはり見惚れてしまうのは色とりどりの大量の風船だ。

私だって、人が感じる美しさの根幹は、本来は自然にあるとは思う。
でも私がCGアニメーションの映像を一番美しく感じるのは、その鮮やかさが「わざとらしい」ときだ。
作り手の真意はそこにないかもしれない(いや、おそらくないと思う。メイキング映像を観て、彼らがより自然の美しさに近づくために様々な工夫と努力を凝らしているのを感じたから。)、が、ともかく私はあの「わざとらしさ」に息を呑む。
完璧なイミテーションという、完全な別次元。
本物の蟹の身より、カニかまのほうがすきな私の感性がその程度だと言われたら、まぁ確かにそれだけの話かもしれないが。

まるで何から何まで新しい価値観が息づいた、”あたらしい世界”が広がってるみたいで。
言葉にするとなんて陳腐なんだろうね。でも本当にそう感じるんだ。

実写映画にCGの技術を交える(つまり人間や自然に出来ない動きを補完する)方法もあるが、フル3DCGとなるとまたワケが違う。

これは実に自分勝手な理屈だが、私は、実写を補完するCGを交えた映像=現実には起こり難いが、あくまで自然的な美を究極とした価値観で観てしまう。勿論実写のみの映像も、自然的な美の価値観がベースだ。
これが実写にアニメ―ションを交えた映像になると=非自然(というか超自然?)的な美を究極とした価値観(まさに魔法・イリュージョン当たり前!のファンタジックな世界)で観る。

そしてこれがフル3DCGとなると…もう、全く、今までの価値観を丸投げしちゃう。
だから”あたらしい世界”。私はそれがすきなんだ。



カールじいさんは、愛する妻との思い出の家を守るために、そしてその妻の思い出と共に、念願であった冒険に出るために、最高にわくわくするような方法を思いつく。
初めて出会ったときに彼女がしていたように、本当にこの家を一つの飛行船にして。
カーテンを帆として取られた窓は、かつて誰にも見せた事も無かったような広い世界をいきいきと映して、風見鶏は今、本当に風を受けて、良い風の吹く方角を見つめ、舵をきる。

しかしその道のりは順風満帆!ってわけにはいかず、いつの間にか、孤独と恐怖がつきものの冒険にとっては、救いなのか受難なのかよく解んないようなコブつきになり。
楽しい珍道中を繰り広げるという内容なのだが、ストーリーも演出も、エンターテインメントに徹底していて素晴らしい。

私だけかもしれないが、何故か映画に対しては、普段は肩肘を張りがちなところがある。
何かを克明に、それでいて複雑に、深く表現しているものを期待しがちだ。
簡単に言えば、余韻から簡単に抜け出せないような、考えさせられるような…難しいものを期待しちゃうものだ。
だってそれこそが「良い映画」なんだろうな、なんて思っちゃってるもんだから。
でもピクサーの作品においては肩肘を張るなんてことは全くない。
爽やかな余韻は微かに残るものの、そこからはすぐに抜け出せる。
だって映像は「わざとらしい」し、内容は「わかりやすい」んだもの。

信じていたものは実はニセモノで、あいつ実は悪いヤツで、守りたいものがピンチで、でも思い出の蓄積が葛藤を生んで、でもでも本当に大切なことはもうそこにはないと気付いて、勇気を振り絞って立ち向かって、勝利してハッピーエンド。
でもこれが、ザッツ、エンターテインメントなんですよ。

本編では最終的にいつも悪者が滅びてしまうのですが、特典映像やエンドロールの映像なんかで、その悪者の別エンディングを用意するところがまた、ピクサーのイカした心意気なのです。
今作も例外ではなく、特典映像にそれが用意されています。
諸々の都合で、特典映像ではそれだけをまだ観れていないのですが、それなりに楽しいオチがついてんだろうなぁと思うともう微笑ましい限り。

全くの”あたらしい世界”で繰り広げられる、吉本新喜劇なみに決まりきったパターンのショウ。
これは楽しまないと損でしょう。
うっかりほろりとさせられ、ちゃっかりにこりとするのが礼儀ってものです。



一番印象的だったシーンは、風船でどんどん浮かび上がっていく家が、ビルの合間を抜けていくとき、(おそらく)子ども部屋の窓の外を通過していくシーンです。
女の子が部屋で遊んでいると、突然部屋の中に、風船が陽に透けたときの色とりどりの光が乱反射して、その場がまるでディスコみたいになる、そのシーン。
とっても綺麗。

それは誰もが初めて見る景色。でもきっと誰の目にも同じ形の美しさが見える。

そのしあわせが、この”あたらしい世界”にはある。

それを目にしたら、そう簡単に「味気ない」だなんて、もうあなたには絶対に言えないはず。
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ま★

Author:ま★
こんにちは。
ようこそおいでくださいました。

頭の中はとても愉快なやつです。
見た目はとっても冴えないですが。

更新は気まぐれになりそうですが、できるだけ頑張ります。

パーティーの招待状には、終わりの時間を書かないそうです。

しかしこのパーティーの本当に怖いのは、そもそも終わりの時間は永久に訪れそうにないこと。

ごゆっくり。

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