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悪戯な夜と、サージェント・ソルツ・ロンリー・ハーツ・クラブ

ようは、『私は歴史を知らない』というか、『歴史に学ばない』というところに行き着くのだ。

いつもそうだ。
私の愚かさの本質は統べてここに起因する。
そうだ!そうに決まっている!!
だから、私が愚かなのは、純粋に私自身のせいではなく、私の知的好奇心を熱心に刺激してこなかった『歴史』の側にこそ問題と責任があるのだとも。

…だよね???!!





それに比べて、君。

君の美しさは、哀しいくらいの聡明さは………困ったな、何を言えばいいのだろう。
君は歴史を、胡散臭い救世主の手に渡さなかったし、立ち位置や領土のでかさにばかり固執する裸の王様から守った。
そして私みたいに、すぐにそれを忘れていく愚かな人々の代わりに抱いて歩いているんだ。
歴史に愛をこめて、『おもいで』と呼びながら、君自身は自分のことを、何者でもないかのように振る舞う。
―――エ・マ・ノ・ン。

おもいでエマノン/梶尾真治(著)×鶴田謙二(著・イラスト)
おもいでエマノン
初めて会った。名前なんて欲しがらない人。こんなに名前を、呼んでほしい人。

名前がない(つまり"no name")、その中に、エマノンは隠れている。



もともと、エマノンという素敵なヒロインの存在は何となく知っていた。
しかし、きちんと対面する機会はなかなか訪れなかった。
それが、このところ気になっていた本、「ボクハ・ココニ・イマス 消失刑」を購入するために、ちょっとした下調べをしていたら、エマノンを見つけてしまった。著者が同一人物だったのだ。天啓ってやつだ(皆さん既にご承知のことと思うが、私は事を大袈裟に言うのがすきなのだ)。だので、まずそのヒロインを思う存分好き勝手に思い描くために、小説を読もうと思った。
しかし、消失刑は単行本を見つけて読むことが出来たが、エマノンは文庫本も見つからず、結局このコミックスで読むことにした。
しかし…今思えば、コミックスしか見つけられなかったことのほうがより重要な天啓だったかもしれない。
どんなに私の想像力が冴え渡っていても、私にはエマノンの姿をこんなに素敵に、正確に、形にできなかったろうと思うから。
鶴田謙二、おそるべし。



たった17歳の少女のカタチをした君が、笑う、遊ぶ、息をする、それだけで、何もかもが起こってしまう。

それは「ポールがサージェントペッパーを書いていた頃」、北の国から傷心旅行を終え、九州へと向かう帰路のフェリーの中で、"僕"は"君"に出会った。
からかわれた、暇つぶしの相手に付き合わされたと思った、君の奇妙キテレツな話。

『私は地球に生命が発生してから現在までのことを 総て記憶しているのよ』

とても恐かったんだね。何故そんな風で居るのか、自分でも解らずに。
何もかもを忘れられずにいるという恐怖は、他の誰とも分かち合うことができなかった。
でも、その恐怖は分かち合うことができなくても、出会いがほんの偶然の出来事でも、君は僕を特別な歴史としてその胸に刻んでくれた。誰より永く、深く、そして同時にその何もかもが刹那である、君の『おもいで』の中に。

船の中でのエマノンは、まだ迷いの中。そして酷く、疲れていた。

『歴史』を学ぶと人は賢くなる。
自分の力の及ぶ場所とは全く他のところに、決して変えられないような大きな流れがあることに気付いてしまうからだ。
そうすれば人は、賢くなり、哀しくなり、疲れる。
それを知りすぎているエマノンは、賢さも、哀しさも、その精神的疲労も、桁外れだった。

そこで偶然出会った僕が、君に強く興味を持ち(からかったわけじゃないが、なにせSF好きだったから)、多少興奮しながら君という存在の意義についての仮説を語った。
君はすごくそれを気に入ってくれたから、君が抱くものを『おもいで』と呼ぶようになったし、だからこそ、僕を置いて、消えた。

だってそれはいずれにせよ、君には永遠で、刹那なのだから。





―バガボンド(/井上雄彦)は、新巻がでれば買って読むようにしている漫画だが、その29巻で武蔵(ここではタケゾウ、だ)が、沢庵和尚と語るシーン、沢庵和尚のこんな台詞がある。

『…わしの、お前の、生きる道はこれまでもこれから先も天によって完璧に決まっていて、それが故に完全に自由だ』

恐怖を受け入れ、永遠の刹那を愛し、理解できるとするなら。
エマノンや沢庵和尚の言いたい事はひとつなのだろうと思った。
どうもこれには到底かなわない。
美しく、やさしく、強いということなのだ。



そろそろ2年になるだろうか…
というくらい前に、父と呑みに行ったお店で、ちょっと記憶に残るような豪快な男性に会った。

私は、初めて行ったお店で、出されたZIMAの瓶の飲み口から1/8位にカットされたレモンを落とし込んで呑むというやり方を教わり、父の隣でこそこそしながら、瓶ごとちまちまと楽しんでいた。

しばらくすると、なにかと大きな男性が父に近づいてきて挨拶をした。
彼はなんと、食塩をアテにお酒を呑んでいたのだ。
あのフタの青い、あじしおの小瓶を片手にパラパラと振り、それを舐めては陽気に語り、よく呑んでいた。
見るからにイカツイが、シルバーのアクセサリーを作るのがお仕事らしく、その仕事のことや、訊いてもないのに子づくりの話題まで(ほんとうに訊いてもいないのにw)、オモシロおかしく話してくれた。まだ子どもたちは小さく、かわいくて仕方ないと笑っていた。

その夜1度きり会っただけの人だけれども、私には珍しく、その存在はなかなか記憶に留まっていた。

どうやら週末そのお店に久しぶり(それこそ2年ぶり!)に出掛ける事になりそうなので、一昨日の夕食の時、父と母に「どがんしとらす?あの人!」と、その店で会ったあの人の話をしたら、母が「あんたがそこにお父さんと行ったと、そがんも前やったっけ?!」と驚いている。
父もなにやら感慨深げに「もうそがんもなるかなぁ…」と呟いた。
彼はもう、死んでいたのだ。



完全に自由。
あの夜の彼も、今の私も、いつかのエマノンも。
大きな、決して変えようのないような力の中で、流れの中で、それが故に、完全に自由なのだ。

大きな背が丸まって、手のひらに零された塩を舐める姿を思い出す。

何故だか、鼻がつんとするよ。
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ま★

Author:ま★
こんにちは。
ようこそおいでくださいました。

頭の中はとても愉快なやつです。
見た目はとっても冴えないですが。

更新は気まぐれになりそうですが、できるだけ頑張ります。

パーティーの招待状には、終わりの時間を書かないそうです。

しかしこのパーティーの本当に怖いのは、そもそも終わりの時間は永久に訪れそうにないこと。

ごゆっくり。

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