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絶好調、中畑清です!!

…だから違うって!!
吾郎じゃなくて、ギャロだから…。

Buffalo'66/ヴィンセント・ギャロ監督作品
Buffalo66.jpg
ラヴ・ストーリーの皮をかぶった『いちごテーゼ』。

前々から観たいと思っていた(レイラ(=ウェンディ)を演じるC・リッチが“アダムスファミリー”のウェンズデーだった頃、大好きだった)ので、借りて観てみた。
が、ちょっと集中力散漫な状態で、しかも、「レンタル期限は今日までだから、今日までに観なくては!!」と思いながら多少無理矢理に観始めたので、本当に“ちゃんと観てた”時間を集計すると、実質10分間くらいだったんじゃなかろうか…。
しかもラストの10分くらい。
しかしこのラスト10分が凄かった。
決して力技なんかじゃなく、でも、何もなかった庭が一瞬にして色とりどりのバラで埋め尽くされてしまう感じ。本当に。
しつこく念を押すけど、本当に。



あなたは『いちごテーゼ』を知らないだろうな。無理もない。だって私が今作ったもん。
まぁ、どういうことかを説明するとしたら…

ここにひとつのいちごがある。
そう。見た目で「いちごだ」と判る形態。
しかし、赤く熟してはいない。まだ、その実は”食べごろのいちご”というよりも、”それにかける練乳”に近い白さだ。
”果実としてのいちご”でもなければ、しかし、”ただの苗”というわけでもない。
人はそれを見て、「まだ熟れていない」とか、「収穫には早過ぎる」とか、好き勝手なことを言うだろう。
でも当のいちごにしてみれば、そんなことは周りの都合であって、自分にとっては何の問題でもない(ハズだ。いちごに訊ねなければ本当のところは解らないけど)。
それが『いちごテーゼ』だということだ。

この映画の中の2人(ビリーとレイラ)の物語は、それを地で行くものに映った(少なくとも私の目には)。



『自分が赤いか赤くないかなんて知らない。』



刑務所上がりのビリーが、5年間の服役を終えたその足でトイレを借りるのに寄った建物で、自分が両親に吐いたセコい嘘が弾みになって、偶然その場に居合わせた少女、レイラを誘拐してしまう。
少し引き寄せたかと思えば、烈しく突き放す、ちぐはぐなビリーの言動。
最初は怯えていたように見えたものの、すぐに状況を飲み込み、更にその状況を楽しみ始めるレイラ。
ちょっと不自然なくらいすんなりと事が運ばれていくが、確かに現実世界でもこういう事は起こり得るだろうなという妙な説得力があった。
テーブルの一辺に一人ずつが座る四人の食卓で語られるビリーの過去。そこに垣間見える家庭環境。聴こえてくる不協和音。本能のうちに勢いがついて饒舌に重なっていく、嘘、嘘、嘘。
ふたりを結んでいるのは、いびつな約束。

「俺の言うことをキチンと聞いたら、親友になってやる。いいか?一番の友達だ。」
「分かったわ。」

少女の中の”果実性”と青年の中の”未熟性”が、好奇心と臆病さの手で触れあっていく。

極めて偶然で事故的な2人の出会いとこれまでの会話が、全て必然にすり替わるラスト10分は見事。

約束は守られた。
一番の親友になった2人は一緒に眠る。
熟すのを待つでも、拒むでもない2つのいちご。
多分それでいいんだよ。



これを観て少しだけ自分の子ども時代を思い出したが、思い返せば見事なクソ餓鬼だったのだ。

家族で買い物に出掛ければ、よくわざと迷子になった。
みんなが一生懸命探して迎えに来てくれることは解っていたからちっとも恐くないのに、しくしくと申し訳程度に泣きながら、「迷子のご案内ガールズ」の関心を引いた。
無条件にちやほやされたい。
もしかしたら店中の人が私を心配してくれて、どこかの国のお姫様にでもなったような気になっていたら、なにやらすんごい人が迎えにきたりするんじゃないだろうかと思っていた。

それなのに知らないオトナに微笑みかけられることが何よりもダイキライ。
ヘタすりゃ家族から微笑まれるのも厭で、ピアノの発表会のときなんか、出番の直前、自分の名前と演奏曲目が読み上げられる中、ステージ脇の幕間から客席で嬉しそうに拍手をしながら待っている家族達(やその他大勢の観客)を見て、何を思ったか、「馬鹿にされた!!」と烈しく憤り、幕は開いたのにその場から頑として動かなくなって周りの人を困らせたりした。
本当に、唾棄すべき馬鹿だったわけだが。

何故か今、どこかで子どもを見かけると、誰彼構わず微笑みかけてしまうという愚行を働いている。
本当に唾棄すべきなのは多分、こんなオトナになってしまった自分のほうだ。
自分があんなに嫌っていたことを平気でしている(だって最近、お子さまが異様に可愛く見えるのだ!!そりゃもうやたらと!!)のだから。
私なんか、ただ赤くなっただけで、熟してなんかいないいちごなんだろうなと思う。
どうしたら、おいしいいちごになれるのかしらん。



ちなみにギャロ演じる主人公の名前は”ビリー・ブラウン”。
この名前どこかで…と思ったら、そう、MIKAが唄ってるじゃない!と思い出した。
うーん…でも、あの歌は、”何故か青く実っちゃったいちご”って感じだけど。
MIKAがビリーの将来を想像して唄ったのかな…とか考えたら、ちょっと面白い。
どうだろうね?なくもないと思うんだけどな…

青いいちごも、それはそれで、おいしいかもしれないわ。
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しかしこのパーティーの本当に怖いのは、そもそも終わりの時間は永久に訪れそうにないこと。

ごゆっくり。

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