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「あまい」は「うまい」じゃない。

2,996。

何の数字か分かるかしら。
ふたりの距離の概算………ではない。断じて。

手のひらに押し寄せる迷惑な、エレクトリックかつエキセントリックな、お手紙。読まずにいる数よ。
こんだけ食べれば、白山羊さんも太るわ。

『失礼ですが猿でも出来ます。まずあなたに出来るのはとにかくこの本文を見て内容を把握することです。』

ほんと失礼だ。猿に謝れよ。そんなこと、わたしにゃできんよ。

FLY/YUKI
FLY.jpg
初回限定のLPジャケット仕様。
一番の驚きは、「ほう…ディスクはそんなふうにして、そこにいれるんだ〜」という点。
歌詞カードもジャケットに合わせて勿論どデカく、フォント一つとって見ても、嗚呼、邦楽レコード!のこだわり。

ビジュアル面からぱっと思い出したのが、「ナイアガラレコード」。
まぁ全然関係は無いんだろうけど、想起しますよね。なんせ大滝詠一さんの永眠は記憶に新しい。
なんかカラリとした西海岸風味のアートワークというか、“ロングバケーション”が海からの風なら、これは内陸から海へ向かう強い風か。
多分「君はスーパーラジカル」とか歌うもんだから、「君は天然色」を思い出したんだと思う。
君はテクニカラー(なんて言葉は出てこないけど)。あの曲大好きだ。
かねてよりフィルスペクターを敬愛していた彼に、あの「君は天然色」が出来上がったとき、どんな気持ちだったんだろう。
心に拳があれば、それは会心のガッツポーズだったに違いないんだ。

YUKIはどんなかな。
FLYが何を意味するかは、私、到底分からないけれど、かなりのびのびして、羽根を伸ばせたのでは?という感じ。

この作品を前にした多くの人たちにとって、私の言うことなんてたいした影響力は持たない。
影響といえばせいぜい煙たがられるくらいのもので、そんなのかなりどうでも良い。
私はそれを分かってて、安心安全の中で発言することとするか。

私は、YUKIには、もう、たいした期待はしていない。
別にそれは、冷めている、とイコールじゃない。
特に、ショーのステージで、アイドル然りと愛想を振りまく彼女を待っていないということ。
もちろん愛想振りまかれれば嬉しいし、私自身もその気にさせられたら黄色い声だってまだ出せるけど。

FLYは前半と後半の、というよりも、正確に言うと、後半の12、13、14曲目に固められたタイアップ曲とその他の曲の統一感がなさ過ぎる。と、感じる。
A面とB面があった、まさにレコードみたいだね。不思議。
反して、先に挙げた三曲以外のことを考えると、YUKIのアルバムにしては珍しいと思うほど、それに4、5、6曲目なんて如実に、纏まってる、というか、偏ってる。
全部の曲、作り直そうと思ったらそれぞれ全く違う形になりそうってくらい、元がひとつに纏まっている感じ。
言葉選びは、自分の目と脳みそがまるきり変わったのか?と思うくらい、ここ数年は、心掴まれるものはなかった。
今回にしてもそう。心掴まれるどころか、ちょっぴり照れくさくなってちょっと遠ざけたい感じ。
だけど嫌いなの?って言われるとやっぱりすきだ。
こだわってるわけじゃない。でもすきだ。
だから照れ隠しに、オススメしたい曲はやっぱり「君はスーパーラジカル」かな。なんか邪魔にならないリズムがいい。
猫好きなら聞いたことのある“ワッツマイケル”というワードはちりばめられた「ポートレイト」も良いな。妄想欲を掻き立てるストーリーが流れている。ファインダーを覗き込む相手に語りかけるわたしの気持ちが熱い。
意外と「眼鏡を外して」もすき。
裸、に、NO.5は、もちろんシャネルのね、とピンときたけれど、素直に聴けない、に、NO.9は何?ってしばらく考え巡らせてた。
あ。歓喜の歌か。
ね、ちょっと楽しい。たまらない。



また、とりとめもなく思い出すことがある。
シンディローパーのエピソード。

みんなご存知、「ハイスクールはダンステリア」、こと、「Girls Just Want to Have Fun」が爆発的に売れた頃。
シンディはこの曲をもっと違う風に歌いたかったというエピソード。ライナーノーツに書いてあった。
シンディはもっと、この曲はブラックに歌い上げたかったと。
だから後年彼女は、同曲を「ヘイ・ナウ」という曲にアレンジし直し、正しく、歌った。
私はこのエピソードを知って「ヘイ・ナウ」を初めて聴いたとき、「あ、これ、最初からこの曲だったら、絶対にあれほどは売れなかっただろうな」と、素直に思った。

YUKIは、真逆のことをやっているんだなぁと、薄ぼんやり思う。

すきなこと、すきなだけやってみてる。
誰にでもできたことじゃない。
すかれたいと思ううちには、絶対にできないことだから。
皮肉じゃなくて、このアルバムが、私が買うほど普通に売れるって、凄いなと思う。
いろんな人が持っているんだなぁと思うと、すこしそわそわする感じ。

すきは、それだけで、たくさんを持っている。

すき、そのものが、特別であるということ。

だって、すきなんだもーーーーーーん。

こんなアルバムが、秋に発売されるってのがいいね。
負け犬の遠吠えが、遠くまで美しく響く夜が、秋の日にはある。
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あおいみはぢけた

人類の泉へ、ぽちゃん。

魂のゆくえ/ピーター・バラカン
51CL0KyT.jpg

まだ全部読んでないけど、これはかなり面白い本。

読むものか?もしかしたらこれ、聴くものであり観るものでもある!

ミシェルゴンドリーのブロックパーティーを観たときの感じ。

不文律を記録しろ。不文律を文にしろ。

ららら…ららら…言葉にできない?



もうソウルミュージックっきゃない!!

うまれてきたの

電気をつくってからは、それを消すことが贅沢に変わる。



私は生まれてきたから、もう、その先に課されているのは紛れも無く、生産性で。
ただ生きていることは、ただの贅沢。

でも、わたしはわたしを消費している。
ここで、じっと、ただただ、よしなしごとを思いつめて。



贅沢だ。

Ghost Surfer/Cascadeur
ghost surfer

気になる。
気になる気になる気になるよCascadeur!!
まず、名前なんて読むの!

気になり始めて、はや数ヶ月経過。

ようやく辿り着いたひとつの情報。

どうやらフロムフランスらしい。

フランス…覆面…(といえばダフトパンク…)

まだまだ辿り着かない。道のりは長いね。



今、目を閉じたら、遠くで横たわるあなたと、おなじ夢を見れそうな気がする。
私は予感を抱きしめて、暗闇の中で目を開けている。
静かで、贅沢な時間。
心の中に、あいがもえているのがわかる。
こんな風に静かに、身体が冷めきってくると、少しよろこびを感じるときがある。
血があついことが、分かるからだと思う。

うまれてきたのよ。

あなたのために。

そしてしんでいくの。

こんなに贅沢に。

あいがもえつきたなら。

今日は目を閉じて。おやすみなさい。

呼びたい

みんなみんな、言いたいことが他にある。

もえない―Incombustibles/森博嗣
もえない
途中、小休憩(仮眠?気絶?)を挟んだ後、一息で読み上げられました。

ミステリーの核心となるはずの、「謎」とそれに対する「解」を求めることは、ここではわけがわからないまま、輪郭をひたすらなぞらされるような行為に過ぎない。
それが核心なのではなく、それは外郭になり、何か全く、見当もつかなかったものを、浮かび上がらせる。

みんなが、言いたいことは他にある、とでも言いたいような振る舞いをする。



結局、「もえない」名前だけが、残った。

名前、については前も考えたことがあるけれど、
名前は、他から与えられるもので、そのときは確か、「持たぬもの」だと言った。
それ自身が自発的に何かを持つことが無いもの。

しかし、名前は常に「意味」を纏っているし、籠められた「意味」(「願い」と言っても良い)に対して、頼みもしないのに責任を負ったりもしている。

名前は、腐らない。
人が歳を取らない(写真が若返る)ように。

何もかも剥ぎ取られても、それは残る。
与えられたもので、残る唯一のもの。
それは勿論、業火で焼き尽くせるものでもないし、土に還りもしない。

だから、萌えない。

他を浸食し、他に浸食されない。

名前をもらった私たち。
常に、言いたいことは他にある。

みんながそれに気付いていて、だからそれを守っている。

名前があって良かったと思う。
ほんとうにそう思う。

路頭

迷わないこととは、私にとっては、歩かないことと同じだ。
でも、歩かないことと、歩いて、立ち止まることとは、また違う。
だって、それを最後まで拒絶しながら息絶えることと、積極的に迎え入れる”死”は、違うんだろう。
「死んだら新聞に載るようなロックスター」でもない限り、おくやみ欄にはおんなじように載るんだろうが。

そのように、私の生きる時間は、判別しがたい確かな違いの存在する瞬間の集合体だ。

考えをまとめるのが、年々苦手になってきました。

何を言っているんだコイツは。
と、思われるかもしれない。
と、心配することにももう慣れてきた。

大丈夫。当の本人がいつもそう思っていますから。
迷わないことなどないのです。
ただ、迷いながら、滅茶苦茶なりに、這いずりまわるくらいの気概は有る人間だと思っていただければ。



快挙/白石一文
快挙
タイトルが、この胸のすくような、漢字二文字ってのが、単純に良いなぁとまず思いました。

なんにしても根気が足らないところがある私にとって、読書の喜びに触れることも難しくなってきた最近。
これだったらすぐに、すぐに読んでしまうんだろうなぁと思える本でした。
そして開いてみればそのとおり。
おずおずとしながらも、そろそろ「好きな作家さんだ」とかいう発言も許されるでしょうか。
白石さんよ。

といっても、表題の爽快な二文字とは裏腹、人生における大事なことというのは、確かな実感も無いまま成し遂げてしまっているものなんですよ、というような、なんだか肩すかしをくらったような最終章でした。
『思い返せば、あのときが最良だったかもしれない』というような表現が、私が憶えてる限りでも作中3回くらいは出てきて、挙句、最終章でも『今日が人生最良の日』と言った類いの発言を主人公が吐いているあたり、私はますますこの白石さんを好きになってしまいます。
一体なんなんだよと。
結局終始ハッピーじゃんか、と。
安心できる一作でした。
だから私がこの作品にタイトルをとってつけれるならば『安心』ですね。多分。

快挙か。

こうやって、読んでみて、静かに振り返ると、私の人生にもたしかにそれはあったと思えてくる。
いや待て、今がまさにそのときかもしれないし。
いやいや、この先もっと凄いことになるやもしれない。

そう。結局終始ハッピーなのだ。
その瞬間瞬間では、判別しがたい確かな違いがありながらも。
いったん遠のいて眺めてみれば全部いっしょ。
終始ハッピーの守備範囲内。

小さな確かな違いがある、というのは、大きく見ればみんなおんなじ、というのと一緒でもある。

もう違うとか一緒とかどうだって良いや。
で、行き着く先は、生きてるだけで愛的境地なのかな。

そこは自分が切り拓くものでありたい。
そうは願っているけれど、結局自分が切り拓いた道であろうが、他人の敷いたレールであろうが、前に進める道ならば問題なんて何も無いんだろう。
その違いに躍らされるのは馬鹿げていると思うが、そんな存在こそ愛しいとも思う。
人生は滅茶苦茶で、結局は幸福まみれだ。
私は死んだら新聞に載るようなロックスターにはなれなくても、おくやみ欄に名を残すことはできるんだろう。
もっと簡単、もっと”やさしい”人間でありたい。
長い目で見ればなんでもおんなじなんであれば、そこは確かに違っていたい。
なんでもいいから、なんでもよくは、やっぱりないんだ。



あけましておめでとう2014。

去年は目標を打ち立てる間もなく、過ぎ去ってしまったよ。
だから今年はきちんとね。

いきます!今年の目標!!!

『2倍』です。

もう諸々ひっくるめて、『2倍』な年にします。
特にバイタリティ面で。
お得な1年を、お約束しますとも。

迷えども迷えども。

プロフィール

Author:ま★
こんにちは。
ようこそおいでくださいました。

頭の中はとても愉快なやつです。
見た目はとっても冴えないですが。

更新は気まぐれになりそうですが、できるだけ頑張ります。

パーティーの招待状には、終わりの時間を書かないそうです。

しかしこのパーティーの本当に怖いのは、そもそも終わりの時間は永久に訪れそうにないこと。

ごゆっくり。

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